江戸時代の秩父札所案内絵図。
村の名や山の名はあるが、寺の名前はなく。一から三十四までの番号と距離のみ。
十五番の少林寺の北西に鳥居の絵があり「妙見宮」とあるのが秩父神社。神社の東に今は秩父鉄道の秩父駅がある。妙見宮の境内は当時相当に広かったが、明治初年に政府に上地された。
盆地の中央を貫く街道は、今の旧道で、「しなの くまがへ(くまがい)道」とある。

榛名山初穂料

2016.10.09 Sunday◇古文書〜神仏Edit


  覚
一金百五拾疋
右の通御代参御初穂
目出度 神納仕候
以上
 榛名山谷之坊改
   吉田祐太夫 (印)
巳三月晦日
原之郷村
 御代参 宇兵衛様

榛名山は、水の神、農業の守護神として広く信仰された。温泉などもある。
代参者が納めた初穂料の領収書のようなものであるが、人数分のおふだが授与されたものと思われる。
旧榛名山の御師は谷之坊を名のっていたが、「谷之坊改 吉田」と苗字が記され、明治の御一新の直後のもの。
巳年とあるので、明治二年である(これは断定で間違いない)。

熊野宮

2016.10.07 Friday◇古文書〜神仏Edit


「日本第一 大霊験 熊野宮神牘(しんとく)
 武州藤沢 惣社神主 」
と書かれ、熊野の神使である多数の烏の絵がある。
「おふだ」である。

江戸時代の人々は、広く各地に足を運び、道中で著名な神社仏閣には参拝し、おしるしを授かったということだろう。
武州藤沢とは、今の埼玉県入間市下藤沢のあたりで、その地には今も 熊野神社 という神社があるようだ。

余談だが、戦国の武将、太田道潅が戦ったという「藤沢の役(藤沢の戦)」は、川越城からも遠くないこの地の出来事なのではなかろうかと、思っている。吉田東伍は地名辞書で、深谷市南部の人見ヶ原のあたりだというが、その付近を藤沢村と言ったのは明治中期以後で古い地名ではないとのことである。



  覚
一金七両二分 太々神楽料
一金二百疋  御神馬料
一金 百疋  御留守居
一青銅五十疋 御神参目付
一同 三十疋 供僧
一同 三十匹 御宮詰
一鳥目二十疋 御供世話人
一同 四十疋 下部五人
 右の通慥致拝手候成
    白雲山御宮
   寅八月廿八日
     当番 (印)
  太々講衆中

白雲山御宮とは今の群馬県の妙義神社のことであるらしい。
太々神楽料の金額ほか明細と、受領したことが書かれ、「当番」の押印がある。
「七両二分」は高額に見えるが、講中の人数が多かったのだろうか。
「寅」とはいつの寅年か。慶応二年(1866)かもしれないが、その年かそれに近い寅の年ではなかろうかと思う。

「疋」という金銭の単位については、辞典などの説明が全く当てはまらない例もあるようだ。広辞苑では「古くは鳥目一○文を一匹とし、後に二五文を一匹とした。」と書かれるが、別文書だが「金一疋」は(鳥目)二文としかとれない文書も実在する。

「供僧、御宮詰」などなどは、民間なら奉公人に相当する人たちと思われ、多数の人たちへ心付けのようなものを納めたようだ。
商家などの奉公人も、定められた給金のほかに、心付け(チップ)があった。



榛名山神前筒粥目録
夕かほ   六分
うぐひすな 半吉
なすび   同
うり    十分
わせ大豆  八分
おく大豆  六分
あさ    半吉
かいこ   七分
大むぎ   六分
小麦    半吉
わせ小豆  同
おく小豆  六分
ささげ   カイサン
いも    同

わせいね  六分
中いね   半吉
おくいね  同
木わだ   八分
大こん   六分
あきな   カイサン
ひゑ    八分
早あは   同
おくあは  七分
きみ    十分
そば    同 
あい    同
けし    八分
からし   十分
ごま    七分
つづみ   十分
もろこし  同
正月十五日執行 辰年

榛名山での筒粥神事の結果の刷り物。その年の農作物の吉凶を占ったもの。
「正月十五日」とあるのは旧暦と思われる。
「辰年」については、明治初年前後ごろのものかもしれない。



一筆致啓上候。先以 其御地
御家内御堅勝 可被成御座、
珍重御義存候。然ば先達て
御参宮の所、麁末の仕合
残念の至御座候。先儀御参
宮御礼物 首尾能相済、幾久
目出度奉存候。弥 御道中
御安全 可被成御帰国、大悦
存候。尚重て御参宮奉
待候。恐惶謹言
   御師
    三日市大夫次郎
 八月吉日   公好

江戸時代の古文書のうちでも、神仏に関するものは、現代からの類推で解釈可能な要素が多い。
他の文書で頭を悩ませているときなどには、一服の清涼剤といったところ。

画像は、伊勢御師の中でも最もよく知られた三日市太夫からの御礼の口上の文で、木版刷り。
伊勢で参宮を終えた人々への祝意、帰国の無事を祈る内容と思われる。
「粗末な対応しかできずに残念の至り」という言葉は、謙遜の意味と、お名残惜しいという意味なのだろう。

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