覚
一金七両二分 太々神楽料
一金二百疋  御神馬料
一金 百疋  御留守居
一青銅五十疋 御神参目付
一同 三十疋 供僧
一同 三十匹 御宮詰
一鳥目二十疋 御供世話人
一同 四十疋 下部五人
 右の通慥致拝手候成
    白雲山御宮
   寅八月廿八日
     当番 (印)
  太々講衆中

白雲山御宮とは今の群馬県の妙義神社のことであるらしい。
太々神楽料の金額ほか明細と、受領した意味が書かれ、当番の押印がある。
「七両二分」は高額に見えるが、講中の人数が多かったのだろうか。
「寅」とはいつの寅年か。慶応二年(1866)かもしれないが、その年かそれに近い寅の年ではなかろうかと思う。
「疋」という金銭の単位については、事典などの説明が全く当てはまらない例もあるようだ。
「供僧、御宮詰」などなどは、民間なら奉公人に相当する人たちと思われ、多数の人たちへ心付けのようなものを納めたようだ。
商家などの奉公人も、定められた給金のほかに、心付け(チップ)があった。

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