楜澤能生『農地を守るとはどういうことか 家族農業と農地制度』(農文協)
という本に、明治以後の農地制度について、たいへん勉強になることが書かれてあった。

ただし、江戸時代の認識について、少し問題があるかもしれない。
「今まで領主にいつ何時取り上げられるかわからなかった農民の土地所持」16p
などという文は、西洋史の「封建制土地制度」の解説文そのままのように思える。
日本では近世初期の検地によって近世的土地所有は確立したとする学者が多くなっている。

とにかく、いつ取り上げられるかわからない土地が、農民自身のものになり、近代的土地所有権が与えられたのが、地租改正の第一の効果だと著者はいう。第二の効果は、農地売買が完全に自由になり、たとえ農業従事者でなくとも新地主の土地についてのあらゆる権利が確立したことだという。
しかしこの「第一の効果」とされるものに疑問符がつけば、第二の効果しかなかったことになる。近世的土地所有は存在したのだから、近代的土地所有権になって加わったのは、農地を自由に売れるということだけになる。第一第二の他には、税の中央集権化を完成させたことだろうか。

同時期に、直接に農地ではない土地、農業資源や生活資源であった村持ちの山林が、一方的に国有化ないし一部の地主所有とされたことは、大きなマイナスの効果となった。この本の例では、岩手県で山林が民有化されて地主との問題になった例があげられているが、東北地方では国有林となった村持ちの山林が、西日本と比較して異常に多かった。官軍に逆らったためである。

明治22年に来日したアメリカの法学者 ウィグモアナが、民法等の制定当時の日本について書いていることが同書に引用されている。

「日本固有法の権威と称される学者にしても、太政官符や封建法典の研究には全力を注ぐが、人民の間での婚姻・養子・相続・質・小作・寄託、仲立・有価証券等の慣習法には全然興味を示さない。これは、全国3000万人、全人口の16分の15に上る農工商の庶民階級に対し、教養ある階級の抱く強烈な軽侮の念にもとづく。それでは若い世代の法学者はどうかといえば、その見込みはさらに一層薄い。」(ウィグモアナ)

「伝統的慣習的権利は、当時日本の法学の世界では古いもの、低級のものと蔑視され、商品取引を前提とした所有権の観念性こそ高尚で高級なものだとする意識が支配した。
……
若い層も西洋法は熱心に学ぶが、祖国の法は問題外とする」(楜澤)

庶民への軽侮の念、そのように異国の法学者の目には写ったのだろう。
しかし誰のための学問なのだろうか。あえて情状を酌量すれば、所有権の観念性の話は、どこか禅問答のようなところがある。通俗の感情論とは違う結論が出るところなどは、それなりの無常観をかもしだし、論理の遊戯性もある、ということも、当時の知識層に好まれたのかもしれない。
知識層がこんな人たちばかりでは、人民の中から、「古今集はくだらぬ集にて候」と言いたくなるリアリストも出るだろう。リアリストは古典を無視し、支配層や知識層は庶民の古典を無視する。歴史を無視することについては共通している。そしてどちらも19世紀の西洋で主流だった自然主義をよく学んでいるのも同じなのかもしれない。
明治の学問とは、こんなものだったのだろうかというと、確かにそのようなものが主流だったのだろう。

やがて、庶民の古典は、柳田國男などによって見直されるようになる。
歴史学の分野で、中世史の藤木久などが、その著書の冒頭を柳田國男の引用で始めるのも、意味のあることであろう。近世史もそうあるべきである。

「婚姻・養子・相続・質・小作・寄託、仲立・有価証券等の慣習法」(前出)については、近世の古文書を読んだときに、現代とは微妙に違うものが、ある程度は見えてくるものである。文書は、日常生活とは異なる事件が起きたときに残されることが多いと思うが、そのような文書からそのときの人々の行動などをきっちり観察すれば、当時の慣習なども具体的に見えてくる。「権威と称される学者」たちが無関心だったこの領域について、些細なことでも小さな発見を積み重ねてゆくしかないようである。「結婚と持参金」で書いたことも些細なことではあるが。
(小作争議や戦後の農地改革については次回)

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM